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釜 に つ い て
茶の湯のために湯を沸かす道具が釜ですが、初釜、月釜、釜をかける(茶会を催す)などの
言葉があるように、釜は茶の湯において象徴的なものです。

釜は炉(立冬から立夏)用と風炉用に大別されます。
炉用には大ぶりを、風炉用は小ぶりのものを使うのが一般的です。
釜の形は真形、丸、阿弥陀堂、筒、四方などの他多種あります。

形の特徴は、特に口から肩、胴にかけての曲線や、口作りの形態に表れるので、肩衝、乙御前、立鼓、尻張、立口、繰口、姥口などの名前がつけられ、そのまま見どころになっています。

さらに、釜はほとんどが鉄製なので、表面の地肌の特徴が制作者や時代によって多種多様です。

地肌は絹肌、砂肌、挽肌、荒肌、小肌、中肌、大肌、岩肌、霙肌、霰肌などがあります。

地紋は肩から肌にかけて鋳出された模様や文字で、動植物、風景、月、星、雲など種類は豊富です。

鐶付は鬼面、獅子面、茄子などをはじめ、装飾性も合わせもち、種類も多く、また蓋のつまみにも工夫が凝らされ、見どころの一つです。
釜についての逸話として、 『逢源斎書』の内より釜に関しての話が三つほどありますが、
その中より一つ、「阿弥陀堂釜」について。 この釜をなぜ阿弥陀堂というのか、その理由として、江岑は、「世の中ではその由来を知らないので、いろいろに取沙汰している」と記し、宗旦から直話として、正確な由来を書きとめたのです。

江岑によりますと、有馬の阿弥陀堂の坊主が利休に「物読みいたし申す俗の坊主」(これはあとでふれます)を介して釜を一つデザインしてほしいとお願いしました。そこで利休は紙型を切って釜師の与二郎に作らせましたら、思いの外、見事なできばえで利休は阿弥陀堂の坊主に渡さずに自分のものにしてしまった、といいます。そうしたら、大名衆がそれを見て
写してほしいと望みますので、いくつも作られて流行します。もともと阿弥陀堂の坊主の依頼した釜ですから名前が阿弥陀堂となったといいます。最初の本歌の釜は利休がとってしまったわけで、ちょっと我がままな感じもありますが、二番目のが阿弥陀堂の坊主に送られて、御本人も喜んだことでしょう。本歌はその後細川三斎へ贈られ、細川家に伝わります。

この逸話で興味深いことがいくつかあります。一つは、当時十一歳の少年宗旦が利休
の側にいて、与二郎に釜の指示をする利休のその時の様子を、息子の江岑に語っていることです。こうした臨場感あふれる話こそ千家の宝であります。もう一つは、さきの物読み坊主です。

この人について、江岑は「宗旦やそのほかの孫たちに物読みを教えた坊主」と説明しています。

物読みというのは、単に読み書きを教えるというだけでなく、論語や仏典など、教養も教えることで、つまり家庭教師でした。一方、字を教えるためには、先生に書道の心得がなくては勤まりませんので書記の役割もつとめていたかもしれません。

そこで思い出すのは利休の代筆をつとめたという「なるみという物書き」です。こちらは物書き、前のは物読みで、ちょっと違いますが、もしかすると同一人物かな、とも思えます。

俗の坊主というもの面白い表現で、法体していても俗人で、ある意味での自由人であります。
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