随流斎「延紙ノ書」の内、茶碗の注釈を一つ。 一、狂言はかまノ茶碗、加賀殿有、三嶋手の茶碗なり、 狂言袴とよばれる雲鶴手の茶碗は、高麗時代の終わりごろ(十五世紀)つくられたとされる高麗青磁 の茶碗でいわゆる三嶋茶碗とはちがいますが、白い土を象嵌して釉をかけるところは同じですから 「三嶋手の茶碗なり」と記したのでしょう。
この手の茶碗として有名な鴻池旧蔵の狂言袴の箱蓋裏に、「利休所持三筒茶碗、一、引木鞘、一 、子の日小餅、位置、狂言袴 之内一」とあって、これが雲鶴手の高麗茶碗で利休が所持した三碗 のうちの一つ、狂言袴であることがわかります。 随流斎のいう加賀殿(前田家)にあり、というのは この茶碗のことだったのでしょう