30年に及ぶ会社勤めを見切り、年来の希望であった定年前帰農を果たした。 夢は自然卵養鶏を基盤とした自然循環型農業と趣味の釣を生かした半農半漁の自給自足生活である。
夢と現実の狭間でモガクのが人生とばかりに飛び込んではみたものの・・・ サラリーマン生活30年のサビついた肉体にムチ打ちながら、島で生活する為の家の改築、何年も人の手が入っていない荒れ放題の畑の開墾、烏骨鶏の受入準備、鶏舎の建設、等々、なかなか、現実は厳しい。
高杉晋作時世の句「おもしろき ことも無き世を おもしろく・・・」を心の指針に決めた田舎暮らしである。 島は求めてきた自然豊な所ではないが、それでも帰島したのは痴呆が進みつつある老母を看る為である。
今、都市部では田舎暮らしの番組が多いと聞く。
都市は人工の際たる所、自然の対極に位置する。田舎は多少、自然に恵まれるが、それでも環境破壊や汚染状況に変わりはない 実に35年振りの帰島である。田舎暮らしは如何!
我が家の烏骨鶏は1998年から始めた八千代市時代の、続「我が家の烏骨鶏」は因島で2000年10月から再開した烏骨鶏飼育の話である。
田舎暮らしのアレコレを「島からの便り」や続「我が家の烏骨鶏」に乗せ、「おもしろ・おかしく」生きたいものだが・・・ |
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猫との対峙
放し飼いしていると思わぬ出来事と遭遇する。 ある日曜日、部屋でテレビを見ていると、娘達が「クワァー、クワァー」と騒ぎ出した。窓から見てみると丸々と太った猫と対峙している。双方の距離は3m位。猫は身を屈めて飛び掛かるというより、睨んでいるという風である。
娘達も脅えて鳴いているというよりは4羽が団結して身構え、鳴いて威嚇し、立ち向かっている風である。 庭に出て猫を追い払ってやる。また、普段通りの生活に戻り、砂掻きに入った。
その後、件の猫が1度きたが、小生を認めると向きを変え、堂々と反対方向に歩いて行った。その後、近くで見かける事はあるが、我が家に向かってくる気配はない。 |
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庭の植物壊滅
当時、庭には大根葉と青葱、浅葱と葫を植えていた。 まず、大根葉がねらわれ、跡形もなく、食い尽くされてしまった。
次に葱類の処に生えている雑草がねらわれ、食い尽くされてしまった。娘達は葱類に関心が無いようで、葱、浅葱、葫を啄ばむことはない。 浅葱は食べられはしなかったが、無残にも踏み潰されてしまった。
最初のうち、庭の草花は対象から外れていたが、その後、同じ運命を辿った。 3月頃に庭を紫の花で飾り、70cm位の高さに成長する草花もクロッカスの芽も、撫子の葉も、人形草の新芽も、その他の草花や竹の笹までもその対象となってしまった。
何故か、水仙と紫陽花の新芽はその被害から免れている。(後日、分ったことだが水仙は毒性を有している。しかし、娘達はどうしてその事を知っているのだろうか!遺伝子に奥深く刻まれた遠い記憶のなせる業か!)
庭に草花はヤッパリ欲しい。その後、草花を買って来て植えたが、今度は娘達が進入出来ないよう女竹で囲いをした。 |
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砂浴び
砂浴びは娘達の最も好きな遊びである。 場所は一定しておらず、その時の気分によって決まるらしい。一羽が始めると残りの娘達も近づいてきて、一緒に始める。
器用に足で砂を掻いて羽根の内に砂を囲い込み、背中に砂を浴びせている。その砂が他の娘達の顔にかかろうが、お構い無しである。そして、体を捻じって横になり、或は仰向けになって体を土地に摺り付けて砂浴びをする。
何故、砂浴びするのかよく分からない。体に寄生している虫を取り除く為であるという説もある。しかし、娘達の身体を詳しく看ても虫がついている気配はない。
砂浴びが終わると身を振るわせ、体についた砂を振り落とし、砂埃をたてる。
これも近所迷惑の要因であるが、庭の植え込みがある程度は防いでくれる。 砂浴びの後には15cm位の窪みができている。砂掻きと砂浴びで庭に起伏が出来てきた。
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鶏声
雛の時代はピヨピヨと可愛らしいだけの鳴き声であったが、気がつくと成鶏の声に変わっていた。12月、ある朝、「コケ、コッコー」と雄の雄叫びがして、目が覚めた。
買う時に雌のみを仕入れたつもりであったが、雛の時は識別しづらく紛れ込んだらしい。成長に従って一羽だけ他の娘達と外観の違いを見せていたが、やっぱり雄であった。この1羽は近所迷惑を考えて始末した。
これで鳴き声から開放されると思ったのも束の間、他の娘達も「コケーコッコ」と鳴きはじめた。 雄の様な甲高い鳴き声とは違うが、気にかかる。その点、女房は図太いというか、無神経というか、小生程、気にしていない。隣、近所、お互い様だと思っている。
1月最後の日曜日、朝6時頃から1羽が鳴きはじめた。大人しくさせようと鶏舎に入り、大人しくさせた。部屋に戻るとまた鳴き始めたので、再び、鶏舎に戻る。何と卵が産まれている。
その後、観察していると毎回ではないが、卵を産んだ後で鳴く場合が多い。 3羽が就巣し抱卵しているが、交代で鶏舎から出て来る。その時、卵をじっと抱き続けているストレスを発散する為か奇声を発し、一声二声鳴いて、急いで砂掻き、砂浴びをし、鶏舎に戻り、また抱卵に入る。
住宅街で飼うのは気が疲れる。鳴くのは娘達の本能、気が疲れるのは人間の勝手というところか! 生まれたての卵を持って隣に行き、お詫び方々ご機嫌を取り結ぶ。
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産卵の開始
1月31日に初めて卵が産まれた。予定より早い。産卵は、生後半年後と予想していたので、嬉しくもあるが、意外でもあった。
自家配合の醗酵粗飼料を与え、成長を抑えていたつもりなのに・・・ 後日、N氏から秋雛は産卵が早いということを聞いて、事情は納得。 産卵を開始したのは最初に仕入れた娘達であるが、その産卵量にビックリである。
年間50−60個位しか生まない筈の烏骨鶏がこんなに産んで良いものだろうかと疑心暗鬼。 2月に51個産まれ、一月とあわせて52個だ。しかし、2月23日頃から全く産まなくなってしまった。
これで疑問が解けた。就巣に入ると、その期間は産卵しなくなる。それで年間産卵量が少ないのだと! 娘達は卵が無いのに抱卵している。哀れである。次の日曜日、2月28日にO物産で有精卵を買い求め、娘達に与えた。その卵にはサインペンで赤く丸印を付けている。今後、産まれるかもしれない卵と識別する為だ。
案の定、3月も21個の産卵である。就巣に入った娘達も産卵したが、新入りも産卵を開始した。 娘達の卵は30−35グラムと一般鶏の半分である。 |
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巣篭り
3羽に3個づつ有精卵を与えたが、一羽が抱く卵の数は一定していない。 就巣中の一羽が外に遊びに出ると他の娘達が器用に顎で卵を胸の下に押し込み、代わりに抱いている。外に出た一羽が外から戻ると自分が抱く卵が見当たらない。
他の娘達を押しのけて卵を取り戻そうとするが、抱え込んだ娘達は頑として体を固め、渡さない。外から戻った娘は諦めて側に座り、卵奪還の機会を窺がっている。時に鶏体を持ち上げて見てみると遊んで帰った娘は何も抱いていないか、1個しか抱いていない。
娘達を見ていると卵を抱いたままのもの、要領よく外に遊びに出て行くもの、その性質は様々である。 抱卵中の娘達が鶏舎の外に出る様は尋常でない。普段と全く違う行動をとる。
まず外に出る時、異様な鳴き声を発しながら駆け出る。そして、慌ただしく砂掻きをし、何かを啄ばんでいる。好物の落花生を投げ与えても見向きもしない。それから「コケーコッコ」と鳴き始めるか、または砂浴びに入る。羽繕いも普段並みにしない、時間も短い。外にいる時間は精々10―20分位で急いで鶏舎に戻り、水を飲んで卵を温めにいく。
餌を娘達にやるべく、鶏舎に入ると「ギュルギュル」と鳴いて、側に寄るなと言う。 気にかけず目の前に餌を置いてやるが食は細い。卵を産まないし、運動も以前程しないので、食が細るのであろう。
抱卵中の娘達は抱卵の為に胸の部分や頭が薄黒く汚れている。 それに引き換え、新入りは一日中、外で我が世の春を謳歌している風である。嵐の前の春とも知らず! |
つづく
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