生活彩館について
生活彩館
とは?
メンバーの方はこちら
メンバー
ログイン♪
ポイントについて
ポイント
について
お得!メンバー登録!
入会無料・登録簡単
メルマガ登録はこちら
生活彩館
NEWS
セキュリティに関して
セキュリティに関して
買い物カゴはこちら
買い物カゴ
50%OFF!オーダーカーペット全品対象★大特価★
40%OFF!ウッド・コルクカーペット全品対象★大特価★
このWebマガジンは下記の方による情報提供を基に作成されています。
ホームページはこちら
プロフィール
茶事総論のホームページ

掛 け 物 に つ い て
掛け物は、書画を裂や紙で表装し、床の間に掛けるように作られたもので、軸、幅ともいわれます。

茶の湯では、「掛け物ほど第一の道具はなし」(『南方録』)と古来からいわれるほど、茶道具の取り合わせで重要なものであり、亭主のもてなしの心の主題ともなるものです。

もともと掛け物は、密教の伝来とともに中国から伝わり、仏画が中心でしたが、茶の湯が始まると茶掛として導入されました。

わび茶の大成とともに禅僧の墨蹟が重要されるようになり、さらに和歌の連歌、詩などを書いた懐紙、詩歌や絵、書などを書いた色紙、消息(手紙の雅称)、画賛(絵画に書き添えられた詩歌など頌賛の言葉、またその画と賛) 、古筆切(主に和歌の古書蹟)、絵画などが用いられるようになりました。

また、語句の書き方によって、横に書かれたものを横物、一行または二行で縦に書かれたものを竪物と分け、特に縦一行に簡潔な短い語句を書いたものは一行物と呼ばれ、好まれています。
掛け物の各部の名称
『江岑咄之覚』がつたえる利休の話に、墨蹟のことがあります。利休から一行物が流行したというのです。訳しますと、

一休和尚が書いた「初祖之円覚大師」という一行物がありました。珠光の表具で堺の寺にあったのを利休がみて、こう言った。墨蹟というものは本紙が四角であるのが面白いと思っていたけれど、こうしてみるとまた一行物というは、まるで率塔婆を立てたようで面白い。それから一行物がはやりだした。それ以前は横物がよいとされてきたのである。

中国の禅僧の書いた墨蹟をみますと細い字でいっぱいに書いていますし、それが横物の紙に書いてあるもの(横物)が多いようです。しかしわび茶の流行で小間が中心となり、床も一間床から五尺、さらに四尺五寸、四尺と小さくなってきます。
横幅のたっぷりした横物はだんだん掛けにくくなります。古田織部が圜悟の墨蹟を真ん中からニつに断栽してニ幅にしてしまったのも、ちょうど小間に恰好のよい掛物とすためでした。利休も本来は、そうした横四角の紙に書かれた墨蹟をよしとしていたのですが、一休の一行物をみたら、これこそわび茶にふさわしい掛物だと考えたようです。その理由がおもしろい。お墓に立てられている板の率塔婆をみているようだ、というのです。なるほど一休のそれは、まるで戒名を書いた率塔婆のようだっのでしょう。

率塔婆はサンスクリット語の「ストゥーパ」です。お釈迦様がなくなったのち、その遺骨の舎利が信仰の中心になりました。舎利を埋めた上に建てられた塔がストゥーパ。お寺の五重塔もその発展した型ですし、お墓のそれもストゥーパが訛って率塔婆になったのです。ですから率塔婆をみるようだ、というのは、今はなき祖師の位牌に手をあわせるかのごとき心で、一行物に相対する点をさして、これがよい、と利休はいったのではないのでしょうか。

利休の墨蹟重視は、特に大徳寺系の禅僧にこだわりがありました。

墨蹟を掛ける風潮が到来した頃の数寄者たち
「墨蹟当世おしなべてこれを用う。古人の心は禅者これを用う。其の心もなき人、数寄道具とて掛くる事、おかしき事也。禅法を得心して、万事を放下して、執心を截断する言句を感じて、我が心を安閑ならしめんと心中に納めてこそ、墨蹟を掛けて面白けれ。只名物と計心得て掛けて、拝見の人も何の道理も知らずして見事なりと褒美する事、心得たる目からは腹の痛き事也」(『分類草人木』)

禅の何たるかも理解せず、その精神も知らないまま、ただ名物であり、皆が使うからと云ってやたらに墨蹟を使い、得意になっている輩がいたようであります。
まさに心得違いであります。

墨蹟を掛ける時には、「墨蹟も禅老のを用いる、底心ハ万事を放下して、執着なき言句を感じて、我心をも涯分安閑にとの心かけ」(『鳥鼠集』)が必要になるのです。
前回のコラム